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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)4442号 判決

原告 岡本達己

右法定代理人親権者父 岡本正

同母 岡本良江

〈ほか二名〉

右訴訟代理人弁護士 宮崎乾朗

同 河上泰広

右訴訟復代理人弁護士 川崎寿

被告 常盤工業株式会社

右代表者代表取締役 北沢礼司

右訴訟代理人弁護士 長野義孝

被告 高石市

右代表者市長 浅野政雄

右訴訟代理人弁護士 澤田直也

同 得本嘉三

主文

一、被告常盤工業株式会社は、原告岡本達己に対し金一、一五〇、〇〇〇円、原告岡本正に対し金八、八八五円およびこれらに対する昭和四三年八月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告常盤工業株式会社に対する原告岡本良江の請求ならびに原告岡本達己、同岡本正のその余の請求、および被告高石市に対する原告らの請求は、いずれもこれを棄却する。

三、訴訟費用は、原告岡本正、同岡本良江と被告らとの間において生じた分は全部右原告らの、原告岡本達己と被告高石市との間において生じた分は全部同原告の各負担とし、原告岡本達己と被告常盤工業株式会社との間において生じた分は、これを四分し、その一を被告常盤工業株式会社の、その余を同原告の負担とする。

四、この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、原告岡本達己が、原告岡本正と同岡本良江の次男で本件事故当時満一〇歳(昭和三一年四月一九日生)であったこと、被告常盤工業株式会社が、昭和四一年一一月ごろ被告高石市との間で、同市の所有管理にかかる高石中学校から阪和線富木駅に至る道路の舗装工事について請負契約を締結し、当時右契約にもとづき舗装工事を施行していたものであることはいずれも当時者間に争いがない。

二、本件事故発生の経過ならびにその態様について。

(一)  本件ロードローラーの現場への駐車およびその管理状況について。

≪証拠省略≫によれば、次のような事実が認められる。すなわち、

本件ロードローラー(以下単にローラーともいう)は、被告会社による本件舗装工事に使用されていたものであるが、昭和四二年二月末頃、同工事がほぼ完了し、手直し工事等のほかはしばらくローラーを使用する必要がなくなったところから、当時ローラーの運転に従事していた同社従業員訴外細谷萬里は、同社配車係の指示にもとづき、右ローラーを被告会社が本件工事用機材置場ならびに工事事務所敷地として他から賃借使用していた高石市西取石三丁目二二二番の一所在の空地とその東側を通る被告市所有管理にかかる市道との境界部分に駐車させておいたこと、しかして右細谷は、本件ローラーを駐車させるにあたり、運転台の鉄製バッテリー蓋下に格納されているバッテリーからアース線を取りはずした上、次にローラーを使用する際右鉄蓋があげ易いよう鉄蓋と運転台との間に長さ約一〇センチメートル、巾約三センチメートル大の木片をはさみこみ、次いで電源および始動用各スイッチを切って運転台部分にシートを掛け、更にサイドブレーキをかけ車止めに石を置く等の処置をとったこと、ところで、本件ローラーの場合、バッテリーのアース線のターミナルのネジは完全に締めておけば、鉄蓋との間に若干のすき間があって、鉄蓋はターミナルに接触することなく締められるようになっているのであるが、右細谷はアース線を取りはずす際にターミナルのネジを中途半端に締めたために、何らかの原因で右木片がはずれた場合には、ターミナルのネジの頭は鉄蓋に触れる状態になっており、その結果鉄蓋から車体を通じて電流が流れ、電源スイッチを入れなくとも、始動用スイッチを入れれば、始動用モーターが作動することが可能であったこと、また、右シートは、もともと雨よけのため運転台部分に前掛けのようにかけられていたもので、車体にはくくりつけられておらず、子供でもこれをめくり上げることができるようなものであったが、それも駐車後間もなく何人かにより取りはずされ、以後運転台への立入りを防止するための処置は何らとられていなかったところから、何人でもローラーの運転台に立ち入り各種スイッチ類等を操作し得る状態であったこと、駐車後本件事故発生に至るまで、本件ローラーの右駐車状況について、訴外細谷ら被告会社従業員による点検は格別なされていなかったこと、以上の事実が認められ、右認定を覆えすべき証拠はない。

(二)  本件事故発生の態様について。

≪証拠省略≫によれば、原告岡本達己は、昭和四二年三月八日午後三時ころ、自宅近くの前記空地で遊んでいた際、三歳位の幼児が本件ローラーの運転台に乗り、スイッチを押したりして遊んでいるのを見て興味を覚え、級友の訴外遠藤貴行らとともに同じく運転台に上がってしばらくの間始動用およびブザー各スイッチなどを押しては始動用モーターを作動させたりして遊んだ後、一旦は帰宅すべく同車を離れかけたものの、ローラー内部の構造に関心を持ち、ローラーの前車輪と車体とのすき間に身を差入れ、始動用モーターからエンジン部へ回転エネルギーを伝導するVベルトを右手で掴んだところ、いまだ運転台にいた右訴外遠藤が、たまたま始動用スイッチを押したため始動用モーターが作動して右Vベルトが急激に回転し、右手をVベルトに巻きこまれ、その結果右手拇指は根本から切断され、中指および薬指の各第一関節の皮肉の一部もむしりとられるに至った事実が認められる。

三、被告会社の責任について。

≪証拠省略≫によれば、本件空地は、付近にアパートや商店街があることから、日頃幼児、児童らがよく遊び場として利用しており、その東側の市道も高石中学校へ通う生徒の往来が多かったことが認められるところ、かかる事情は被告会社の工事責任者その他の従業員らにおいても、右空地に同社の工事事務所があった関係から当然認識していたところのものというべきである。しかして、このような場所に本件ローラーのような特殊車輛を駐車させておいた場合には、児童、生徒らが好奇心からこれに近付き、各種操作器等に手を触れたりするおそれがあることは経験則上容易に予測し得るところであるから、被告会社の工事関係者としては、本件現場にローラーを駐車させるにあたっては、本件のような事故が発生しないよう万全の措置を講ずべき義務があるといわなければならない。すなわち、本件ローラーの各種スイッチ類等を完全に切っておくことはもとより、これら機器類のある運転台にたやすく立入ることができないよう、ローラー全体にシートを掛け、これを車体にくくりつけておくか、あるいは運転台にロープをはりめぐらせる等の処置を講じ、更に駐車がある程度長期にわたる場合には、随時駐車状況を点検すべきであったのにも拘らず、前記二の(一)項においてすでに認定したように、訴外細谷による本件ローラー駐車時における処置ならびに駐車後における管理には、右注意義務を尽くさなかった過失があり、本件事故は被告会社の工事関係者らの右過失により発生したものというべきである。

ところで、本件ローラーの現場への駐車は、被告会社配車係の指示にもとづいてなされたものであることさきに認定したとおりであって、右駐車が被告会社の事業の執行としてなされたものであることは言を俟たないから、被告会社は本件ローラーの管理を怠った工事責任者らの使用者として本件事故により原告らが蒙った損害を賠償する責任がある。

四  被告市の責任について。

(一)  原告らは、本件事故は、被告市の道路管理担当職員の道路管理上の過失により生じたものでもあると主張するので、この点について判断するに、本件ロードローラーが被告市の所有管理にかかる前記市道部分にまたがって置かれていたものであることは先に認定したとおりであるけれども、右ローラーの本件現場への駐車が本件市道交通の障害になりそれが原因で本件事故が生じたものであるならばともかく本件事故の原因、態様はさきに認定したとおりであって、これと右道路の管理義務との間に相当因果関係があるものとは到底認められない。従って原告らの右主張は理由がない。

(二)  次に、原告らは、本件工事における被告市と被告会社若しくはその従業員との関係は使用者と被用者との関係と同視し得るものであるとし、被告市は本件不法行為につき使用者として被告会社と同様の責任を免れないと主張するので、以下この点について判断する。

≪証拠省略≫によれば、被告市と被告会社との間の本件舗装工事請負契約においては、請負工事の内容が公の道路の舗装工事ということのために、(イ)夜間の作業は被告市の承諾を受けること、(ロ)被告市は工事施行の全般について監督員を定めることができること、(ハ)被告会社又はその代理人は、工事現場に常駐し、被告市の指示に従い工事現場の取締、衛生、災害防止設備、就業時間などについて被告市と協議してこれを定めること、(ニ)被告市は被告会社の代理人、被用者もしくは下請負人の中に穏当を欠くものがあるときは、その変更を求めることができること、(ホ)被告市は必要ある場合には工事内容を変更し、もしくは工事を一時中止することができること等の条項があり、被告市に或る程度の介入をなし得る権限が留保されていたことが認められるが、それだけで直ちに両者の関係が使用者と被用者との関係と同視し得るような状態にあったとは到底認められないのみならず、さらにこれを実際の工事現場における監督面についてみても、≪証拠省略≫によれば、被告市による実際の監督は、本件工事の設計者である訴外川西康男が市の監督員として毎日現場に赴いてこれを行っていたものであるが、本件請負工事は、道路の舗装という格別高度な技術を要しないありふれた工事であった上、被告会社は以前にも被告市から道路舗装工事を請負った実績のある信用できる会社であったところから、工事が設計どおりに施行されているかどうか確認する程度で、工事の施行に関し直接被告会社の現場の工事関係者を指揮監督することはなかったことが認められる。

そうすると本件工事に関しては被告市と被告会社との間に使用者と被用者との関係と同視し得るような関係の存在を認めることができないのみならず、被告市と細谷ら被告会社の現場の工事関係者との間にも指揮監督の関係は認めることはできないから、被告市に民法七一五条の責任があることを前提とする原告らの主張はその余の判断をするまでもなく失当である。

五、原告らの損害について。

(一)  原告岡本達己の逸失利益について。

原告達己が本件事故によって利き腕である右手の拇指を根本から失ったことはさきに認定したとおりであり、≪証拠省略≫によれば、原告達己は右障害の結果字を書くのにかなりの支障をきたし、また右手の握力も低下したため、あまり重いものは持てなくなったこと、義指はかつてこれを使用したこともあったが、長時間の使用に耐えないため現在では全く使用していないこと、以上の事実が認められる。ところで、本件のように被害者が児童で傷害前と傷害後の具体的な収入差が不明であるばかりでなく、将来いかなる職業に従事することになるのかも不明な場合に原告達己の将来の稼働利益の喪失額を算定するに当っては労働基準局長通達(昭和三二年七月二日基発第五五一号)の労働能力喪失率表等を参考にして抽象的に当該傷害による労働能力の減少程度を判定し、それを根拠として将来の稼働利益の喪失額を算出するほかはない。しかして、右労働能力喪失率表によれば、原告達己の本件後遺障害はその第九級に該当し、労働能力喪失率は三五パーセントとされているが、同人の年令に鑑み将来の職業選択の余地のあることや今後の訓練による向上の可能性のあることなどを考慮すると、本件後遺障害による労働能力の喪失割合は二五パーセントとするのが相当である。

ところで、労働省労働統計調査部編「賃金センサス」昭和四〇年第一巻全国性別、年令別平均賃金表によれば、男子の満二〇歳時における月別平均賃金の額は、月金二五、三〇〇円であるから、原告達己は本件障害を受けなければ、満二〇歳から満六〇歳になるまでの四〇年間稼働して毎月少くとも金二五、三〇〇円の平均給与額の収入を得ることができたものと認められるところ、本件障害によってその労働能力の二五パーセントが失われたのであるから、結局同原告は本件後遺障害によって右の四〇年間毎月少くとも金二五、三〇〇円の二五パーセントにあたる金六、三二五円の割合による収入を喪失したものと認めるのが相当である。そしてこの四〇年間に喪失すべき総収入から年五分の割合による中間利息をいわゆる複式ホフマン式計算法により控除して、原告達己の本件事故時の逸失利益の現価を計算すると金一、三〇〇、七七四円(円未満切捨)となるから、結局原告達己が本件事故によって喪失した得べかりし利益の総額は金一、三〇〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

(二)  原告岡本正の物的損害について。

≪証拠省略≫によれば、原告正は達己の本件負傷によって次のような出資を余儀なくされ損害を蒙ったことが認められる。

(1)  金一〇、九二八円 (高石病院の入院治療費)

(2)  金一、七四二円 (高石病院の通院治療費)

(3)  金三、〇〇〇円(右第一指義指料)

(4)  金二、一〇〇円(義指料)

以上合計金一七、七七〇円

(三)  過失相殺について。

原告達己は本件事故当時小学校五年生であり、本件ローラーのような特殊大型車輛の種々な装置を作動させたり、更には、スイッチを押せば何らかの動力が作動することを知りながら、車体の下部に身を差入れてそこにある装置に手を触れたりすれば、いかなる危険な結果を招くことになるか予測し得る能力を有していたものというべきであるから、本件事故発生については同原告にも相当な過失があったものといわざるを得ない。また≪証拠省略≫によれば、原告正は本件現場のすぐ近くに居住し、朝晩の通勤途上において子供らが本件ロードローラーの上に乗って遊んでいるのを見かけていながら、原告達己には格別注意を与えなかったことが認められるから、達己の父母たる原告正、同良江も監督不充分のそしりを免れない。以上の原告ら被害者側の過失の程度を考えると、過失相殺として原告らの右損害のうち五割を減額するのが相当である。

(四)  原告岡本達己の慰謝料について。

≪証拠省略≫によれば、原告達己は、本件事故によって利き腕である右手の拇指を根本から失った結果、日常の動作に不便を蒙っているばかりでなく、右手を人前に出すことを嫌うことから友達ともあまり遊ばなくなったことが認められ、また将来就職、結婚等において多かれ少かれ不利益を受けることも予想されるところであるから、同原告は本件事故によって多大の精神的苦痛を受けたものと認められるが、一方原告達己にも前述のとおり相当な過失があったのであるから、その他前記認定の本件事故の原因態様等諸般の事情も考慮すると、原告達己の精神的苦痛に対する慰謝料の額は金五〇〇、〇〇〇円をもって相当と考える。

(五)  原告岡本正、同岡本良江の各慰謝料について。

≪証拠省略≫によれば、達己の前記受傷により同人の父母である原告正、同良江も親として多大の精神的苦痛を味っていることが認められるが、右原告らが固有の慰謝料を請求できるのは、民法七一一条の場合か或いはこれに準ずる場合、即ちその苦痛の程度が達己の生命が害された場合に比して著しく劣らない場合であることを要するところ、右認定の事実からは、右の場合に該当するものとは認められないから原告正および同良江の慰謝料請求はいずれもこれを認めることができない。

六、結論

以上のとおりであるから、被告常盤工業株式会社は、原告岡本達己に対し、前記逸失利益の損害額から過失相殺によりその五割を減額した金六五〇、〇〇〇円と慰謝料金五〇〇、〇〇〇円との合計額である金一、一五〇、〇〇〇円、原告岡本正に対し、前記五の(三)の物的損害の半額八、八八五円およびこれらに対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四三年八月一三日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべきである。

よって、被告岡本達己および同岡本正の被告常盤工業株式会社に対する請求は、右の限度において理由があるからこれを認容し、被告常盤工業株式会社に対する原告岡本良江の請求ならびに原告岡本達己、同岡本正のその余の請求および被告高石市に対する原告らの請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条一項、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷野英俊 裁判官 安間喜夫 棚橋健二)

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